三日目 8月13日(土)
台風は進路NE、速度35Km。速度が上がった!迷走はない!それたたのだ。関東は天気が悪そう。一族軍団出発。今日は、双六まで行くそうな。我々にしては何時に無く早い出発。6時10分(いつも準備にてこずるのは俺だが)、既に小屋に残っている人は殆ど居ない状態。さすが、最奥地の山小屋。布団の上にいるのは我々と俺の横が寝床だった人<勝手に命名:聖人>だけである。皆、早出。先ず、水補給の為、テント場を目指す。
テント場までの手前のピークで昨夜の夕食の時に一緒だった先生夫婦に追いつかれる。テン場で、他よりも大きなテントから昨日聞いた声が漏れて来る。多分、陽気な軍団だ。水場で先生夫婦に追いつく。奥さんは嫌がっていたが、どうやら水晶から信濃に抜けるらしい。先生夫婦ご出発。さようならお気をつけて。水場で一休みした後、祖父岳登りへ。
巻き道分岐まで、かなりの登りで、振返るたびに薬師、五郎の見え方が都度変化し心地よい。水晶は朝から頂きが雲の中で残念。祖父の頂上はガス被われているので巻き道を行く事にする。途中、日本庭園(看板無し)で親子3人が五郎のスケッチをしているのに出くわす。巻き道の終わり辺りで弁当1個消費。
第一雪田には大量の雪渓。雪渓の中を歩く。雪ではなく硬い氷だ!第二雪田の大量の雪解け水が滴り落ちる脇を通過すると、道は源流に向けて急降下していた。(心境:誰か、三俣山荘まで橋を架けてください。)下降の途中、何組かに抜かれる。抜かれた中で、その後、何度か出会ったのが、源流のカップル(勝手に命名)であった。

岩がゴロゴロする急坂を下りきると黒部川源流部の徒歩地点。源流のイメージ(ちょろちょろ水)に反して大量の水(チョットがっかり)。源流のカップルと再会。彼らは、今宵のテント場に三俣or双六で迷っている様子。我々は、リュックを置いて上流に向け歩いてみるが、流れは大きな雪渓の下に消えていた。雪渓の下は大きな穴となっていて、その奥からジャージャーと水が流れ出ている。今年は、雪が多く、雪解けも遅かった為、お花畑は一斉に咲いた花で彩られて幸いしたが、チョロチョロ源流が見られなくて残念。
三俣山荘への登りは小さな流れと共に上り詰めてゆく気持ちの良い道であった。小さな流れはテン場の横を流れその先の雪渓に続いていた。この登りで、相棒が体調を崩し始めた。さて、当初の予定通り此処で泊まるか双六まで今日行くか決断の時が来た。小屋直前で、双六に向かう御家族軍団、一族軍団、源流のカップルとすれ違う。皆、双六。ならば、一休みして双六へ行く事にした。三俣山荘では、コーヒーとカレーを注文。カレーの盛りの多さに吃驚。食べ終えて喫茶室を出る際に、昨日の夜、俺の横が寝床だった人が入っていった。相変わらず鷲羽は雲の中。
歩き出したが、ガスが濃くなり昨年のように急に降り出されてもいやなので少し早いが雨具を着る。山荘から三俣蓮華まで(巻道との分岐)は、登るにつれガスが濃くなり何も見えない状態になる。さっき食べたカレーが、二人とも胃にもたれてつらい登りとなった。頂上への分岐に来たが稜線はガスっていて確認できず、迷うことなく巻道をゆく。この巻道は、三回目。途中の"どっこいしょ登り"(丸山のカール壁登り?)までが長く感じていたが、難なく到着。
10分間のどっこいしょ登り。相棒、ついにゲェゲェ始める。本人は、2週間前の至仏の時のように胃の内容物を吐き出したいようだが、吐けずに苦しんでいる。しばし休憩。どっこいしょ登りの後、1時間はかかると覚悟していたが、意外と早く御中道からの下り道を合流。後は、双六小屋に向けて急降下。
雨も本降りにならず小屋の玄関の混雑はそこそこであった。部屋は、昨年の隣の部屋。2段ベッドの2階。玄関脇でコーヒーを飲んでいると、三俣で先に出御家族軍団が到着。???何処で追い越したのかぁ???聞いてみると、稜線を来たそうで、納得。夕食は、第四回目7時半過ぎといわれた。夕食は、聖人と一緒になり色々話した。聖人、実は昨夜は一睡もしていないのだ!俺と反対側の奴の寝相が悪すぎ、床につけなかったのだ。俺も蹴っ飛ばされたが。聖人は、玄関脇で皆の邪魔にならない様に、あぐらをかいて一夜を明かしたんだって。有り難う。